「新しい契約の過越祭」は、聖력1月14日の夕暮れ時、イエス様が立ててくださった命の契約です。
全人類の罪を背負う「神の小羊」として、その犠牲の愛を過越祭という儀式に込め、新しい契約を宣布されました。
イエス様が偉大である理由は、自らの命を捧げるほどの愛を親しく実践されたからです。
主の晩餐 (マタイによる福音書 26)
26一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 27また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。 28これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。
また、イエス様の教えに従った使徒たちが今もなお尊敬されている理由は、主が立ててくださった命の真理をありのままに伝えたからです。
しかし今日、多くの人々がイエス様の「愛」だけを語り、その実体である「新しい契約の過越祭」を失念しています。
これは救いの摂理を完全に悟っていない証拠であり、「あなた方も同じようにしなさい」と言われたイエス様の命令に対する不服従でもあります。
使徒たちの土台の上に確かな信仰の家を建てるために、私たちは必ず新しい契約の過越祭を守らなければなりません。
主の晩餐の制定 (コリントの信徒への手紙一 11)
23わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、 24感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 25また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 26だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。
