14/05/2026

五旬祭の聖霊の祝福

 オリーブ山で復活されたイエス様は、40日間弟子たちに神様の国について教えられた後、昇天されました。そして約束どおり、五旬節(ペンテコステ)の日に聖霊を注いでくださいました。五旬節とは、復活祭から数えて50日目に守られる神様の祭りであり、旧約時代には初穂祭から50日後に行われた「七週の祭り」に由来します。これは、聖霊時代が始まるという預言でもありました。


使徒たちは五旬節に聖霊を受けた後、恐れず福音を宣べ伝え、「イエス様はキリストである」と証ししました。その結果、多くの人々が救いへ導かれ、初代教会には大きな聖霊の働きが現れました。聖霊はただ受けるだけではなく、宣教を通して力強く働くことができます。


聖書のたとえに出てくる「1タラントを地に隠した人」のように、神様から頂いた賜物を用いなければ意味がありません。宣教を通してこそ、神様が与えてくださる聖霊の権能と恵みを深く体験することができます。


神様の教会では、聖書の教えに従って新しい契約の過越祭と五旬節を守り、父なる神様と母なる神様を証ししています。そして、世界中に散らばる天の家族を天のエルサレムである母なる神様のもとへ導くため、福音を伝えています。


イエス様は「多くの実を結べば、父は栄光をお受けになる」と教えられました。私たちも聖霊に満たされ、全世界に救いの知らせを伝えることで、エロヒム神様に栄光を帰すことができます。











09/03/2026

イエス様と弟子たちが守った過越祭


 


「新しい契約の過越祭」は、聖력1月14日の夕暮れ時、イエス様が立ててくださった命の契約です。

全人類の罪を背負う「神の小羊」として、その犠牲の愛を過越祭という儀式に込め、新しい契約を宣布されました。

イエス様が偉大である理由は、自らの命を捧げるほどの愛を親しく実践されたからです。

主の晩餐 (マタイによる福音書 26)
26一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」 27また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。 28これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。 


また、イエス様の教えに従った使徒たちが今もなお尊敬されている理由は、主が立ててくださった命の真理をありのままに伝えたからです。

しかし今日、多くの人々がイエス様の「愛」だけを語り、その実体である「新しい契約の過越祭」を失念しています。

これは救いの摂理を完全に悟っていない証拠であり、「あなた方も同じようにしなさい」と言われたイエス様の命令に対する不服従でもあります。

使徒たちの土台の上に確かな信仰の家を建てるために、私たちは必ず新しい契約の過越祭を守らなければなりません。


主の晩餐の制定 (コリントの信徒への手紙一 11)
23わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、 24感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 25また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。 26だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。



25/02/2026

シオンを再建された神様、再臨キリスト安商洪様

 

聖書はシオンについて「神様の祭りを守る所」であると記録しています。

📖イザヤ書33章20節

シオンを仰ぎ見よ、我らの祝祭の都を。

2000年前、イエス様が新しい契約の過越祭によって神様の教会を建てられた後、サタンによって神様の祭りは聖書の預言通りに変えられ、この地上で神様の掟(祭り)が消え去ってしまい、シオンも荒れ果ててしまいました。

📖ダニエル書7章25節

彼はいと高き方に敵対して語り、いと高き方の聖者らを悩ます。彼は時と法を変えようとたくらむ。

では、シオンは荒れ果てたままでいるのでしょうか。

聖書は終わりの時代に、シオンが「再建」されると預言しています。それでは、再建されるシオンは果たして誰が建てられるのでしょうか。聖書は、唯一「神様」のみが聖書の秘密を解くことができ、シオンを建てられると預言しています。

📖 黙示録5章3節

しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開くことのできる者、見ることのできる者は、だれもいなかった。


📖 詩編102編16節

主はまことにシオンを再建し、栄光のうちに顕現されます。


📖 詩編87編5節

シオンについて、人々は言うであろう。この人もかの人もこの都で生まれた、と。いと高き神御自身がこれを固く定められる。


この時代、聖書の預言のとおりに、祭りを守るシオンを建てられ、また再建されたその方、聖霊時代の救い主であられる再臨のキリスト、安商洪(アン・サンホン)様です。


#神様の教会世界福音宣教協会 #過越祭 #シオン #安商洪様 

https://japanwmscog.org/%e4%bf%a1%e4%bb%b0/%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e5%ae%89%e5%95%86%e6%b4%aa%e6%a7%98/%e3%81%a9%e3%81%93%e3%81%8c%e7%a5%9e%e6%a7%98%e3%81%8c%e5%bb%ba%e3%81%a6%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e6%95%91%e3%81%84%e3%81%ae%e3%82%b7%e3%82%aa%e3%83%b3%e3%81%8b/



09/02/2026

新約時代のシオンと神様の祭り


 イエス様が建てられた霊的なシオンは、「神様の祭りを守る場所」として聖書に預言されています。

「シオンを仰ぎ見よ、我らの祝祭の都を。

あなたの目はエルサレムを見る。

それは安らかな住まい

移されることのない天幕。

まことに、主は我らを正しく裁かれる方。

主は我らに法を与えられる方。

主は我らの王となって、我らを救われる。

都に住む者はだれも病を訴えることはない。

都に住む民は罪を赦される。」(イザヤ書33章20~24節)


聖書が教える霊的なシオンとは、罪の赦しと祝福が与えられる場所であり、神様の祭りが守られている所です。

イエス様は過越の祭りを通して、私たちに罪の赦しと永遠の命の約束を与えてくださいました。

さらに、過越祭をはじめ、五旬節、仮庵祭、安息日など、新しい契約の祭りを守る神様の教会を建て、霊的なシオンを完成させてくださいました。

https://youtu.be/HgjgMfkwyao?si=FOstT_iZ-RljlSjJ



しかし、歴史の中で神の祭りは次第に守られなくなり、321年には安息日が、325年には過越祭が廃止され、シオンは荒廃してしまいました。

それでも神は、終わりの時にシオンを再び回復されると預言されました(ミカ書4章1~2節)。


今日、その預言のとおり、新しい契約の祭りを守るシオンが回復されています。

新約の祭りを大切に守る神様の教会において、私たちは罪の赦しと救いの恵みにあずかることができるのです。

https://youtu.be/tgiJTyTqVWI?si=W_rLm_pTPzDJeiwv



04/02/2026

天の法を立てられた神様、安商洪様

聖霊時代、新しい契約を立てられる天の王は、新しい名 

では、私たちが生きる聖霊時代について調べてみましょう。

この時代、神様はどんな法で天の民を統治なさるのでしょうか?やはり新しい契約です。エホバ神様が旧約時代から約束なさった、新しい契約で天の民を統治なさいます。

しかし残念ながら、初臨イエス様が約束どおり立てられた新しい契約の過越祭A.D.325年ニカイア宗教会議で廃止されました。神様の国を治める法が廃止されたと言うことは、その法により神様の統治を受ける神様の民も消えてしまったということです。

その結果、冒頭で述べたように、世界中が再びサタンの統治を受けるようになったのです(黙13:8)。それで聖書には、神様の法である新しい契約を取り戻し、神様の国を再び建てるために、天の王であられるイエス様が二度目この地に来られると預言されています。 

 ヘブライ人への手紙 9章28節 キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすために現れてくださるのです。 

 ヨハネの黙示録 3章12節 勝利を得る者を、わたしの神の神殿の柱にしよう。・・・わたし(イエス様)の新しい名を書き記そう。







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https://watv.org/ja/bible_word/the-coming-of-christ-ahnsahnghong/






24/01/2026

[母なる神様の紹介] 信仰証言

 私たちは母なる神様に出会いました

大学に入ってから、これまで教会で学んできたことが本当に真理なのか、それとも伝統や慣習にすぎないのか疑問を持つようになりました。

その答えを探している中で神様の教会の聖徒たちと出会い、聖書を開きながら学ぶうちに、その教えが確かな真理であることを悟りました。

中でも最も驚き、心に深く残ったのは母なる神様の真理でした。
父なる神様だけを信じてきた私にとって、聖書が母なる神様を証しし、新しいエルサレムが小羊の妻、すなわち天の母であると知った時の衝撃は忘れられません。
母なる神様が創世記から黙示録まで、聖書全体を通して証しされていることを初めて理解しました。

人の姿で来られた母なる神様を受け入れることは簡単ではありませんでしたが、2000年前にイエス様が来られた当時を思い返すことで、神様を人の考えや限界で判断してはいけないと悟りました。
聖書の預言を通してのみ神様を信じることの大切さを学びました。

真理を悟る前は人生への不安が多くありましたが、神様の掟を学んでからは心が平安に満たされ、神様の子として希望を持って歩めるようになりました。
神様の教会に通うか悩んでいる方がいらっしゃったら、ぜひ一度教会を訪れ、聖書を学んでみてほしいと思います





https://watv.org/ja/bible_word/mother-eternal-life/


https://lovejerusalemmother.blogspot.com/2025/06/blog-post_13.html


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21/01/2026

安商洪様を否定することはできませんでした。学んだことのすべてが、聖書に確かに書かれていたからです。

 安商洪様を否定することはできませんでした。

学んだことのすべてが、聖書に確かに書かれていたからです。

安商洪様のことを初めて聞いたとき、正直とても驚きました。
今のこの時代に、再臨のキリストがすでに来られていたと知ることになるとは、思ってもみなかったからです。🧡🙏🧡

20年以上、バプテスト教会に通いながら、キリストの再臨については何度も聞いてきましたが、すでに来られていたとは想像すらしていませんでした。
二千年という長い時を経て、どうして安商洪様が聖書に預言された通りに来られることができたのでしょうか。📜📜📜

その答えは、聖書を学ばなければ決して分からないものでした。
聖書を通してこそ、正しい信仰を持つことができるのだと気づいたのです。
また、神様は時にかなって、すべての救いの御業を成し遂げておられるのだということも悟りました。

安商洪様について悟ってから、私の考え方や物事を見る視点は大きく変わりました。
安商洪様が肉体をもって来られた神様であると確信するようになった決定的なきっかけは、「東方に来られる神様」について学んだときです。













19/01/2026

キリスト・安商洪様の誕生

キリスト・安商洪様の誕生

 再臨のキリストである安商洪様は、1918年、全世界が戦争とスペイン風邪という大きな苦難に包まれていた時代に、韓国・全羅北道長水郡の小さな鉱山村でお生まれになりました。

それは、2000年前にイエス様の誕生を妨げようとしたサタンの働きと同じように、再臨のキリストの誕生を阻もうとする霊的な戦いの中での出来事でした。

しかし、どんな妨害があっても、神様の御計画は決して揺らぐことはありません。

聖書の預言どおり、安商洪様は1918年に誕生され、1948年に30歳でバプテスマを受け、新しい契約という命の光を世に照らしてくださいました。

神様の教会世界福音宣教協会は、聖書の預言どおりに来られた再臨のキリスト、安商洪様を信じています。


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https://watvmedia.org/ja/media/christ-born-in-the-flesh

https://whatalovegodthemother.blogspot.com/2023/10/1.html








28/09/2025

天の家族と地上の家族

 

天の家族と地上の家族

聖書は、地上の家族制度が天の家族制度の影であると教えています。


地上に父がいるように、霊的な父である神様もおられ、聖書は「母なる神」の存在も明らかにしています。

特に、ガラテヤ書4章26節には「天のエルサレムは私たちの母」と記され、母なる神の存在が証明されています。

また、父なる神様と母なる神様は、過越祭を通してご自身の肉と血をお与えになり、私たちが神様の子供となる道を開いてくださいました。

神様の子供になることは、天の栄光を受け継ぐためのかけがえのない祝福なのです。

                     地上の家族制度を通して教えて下さった天の母           


     地上の家族は天国の家族の写しいと影


     聖書が証しする天の家族と地上の家族


     私たちの魂にも家族と故郷がある


      聖書に親孝行と子供への愛についての教えがとりわけ多い理由
     






 

23/09/2025

2025 過越祭・除酵祭 大聖会

 2025 過越祭・除酵祭 大聖会

イエス様が定められた新しい契約の過越祭は、約1700年前のニカイア公会議によって廃止されたが、聖書の預言に従って来られたキリスト・アン・サンホンによって回復された(ヘブライ9:28、イザヤ25:6-9参照)。そのため、現在神様の教会では、イエス様と使徒たちが行っていた通りに過越祭を守っている。

全世界の聖徒たちは「私たちが享受する救いの喜びの裏側には神様が耐えられた死の苦痛があった」と感謝し、その愛と犠牲で多くの魂を天国に導くキリストの道を最後まで従うという覚悟を固めた。


       過越祭



     除酵祭

      復活祭  
           


23/07/2025

キリスト

 「キリスト」はヘブライ語の「メシア」に対するギリシャ語の称号で、「油注がれた者」という意味です。


旧約時代のイスラエルの民にとって、「油注ぎ」は神が特別に聖別された者――すなわち預言者、祭司、王であることを公に人々の前で確認する儀式でもあり、また神ご自身がその者を任命される就任式のようなものでした。この油注ぎに使われた油は、主にオリーブ油でした。


預言者エリヤは神の命令を受けてハザエルに油を注ぎ、アラムの王とし、またエフーに油を注いでイスラエルの王とし、さらに自分の後継者としてエリシャにも油を注ぎました(列王記上19章15~16節)。


預言者サムエルもまた神の命を受けてイスラエルの王を立てる際、サウルに油を注ぎ(サムエル記上10章1節)、さらにダビデにも油を注いで将来のイスラエルの指導者として備えました(サムエル記上16章12~13節)。


サウルが死んだ後、ダビデが王位につく際にも油注ぎがなされ(サムエル記下5章3節)、ソロモンも王になるときに油を注がれました(列王記上1章39節)。


このように、特定の使命に任命された者たちには油が注がれましたが、その働きは定められた期間に限られ、彼らは「メシア(油注がれた者)」としてその期間活動しました。


ユダヤ人にとってのメシア思想は、祭司・預言者・王という意味を超えて、権威と栄光を持ち、すべての国々を支配し、ユダヤ民族をすべての国民の上に立たせてくれるメシアのことでした。


預言者ダニエルは「油注がれた者(メシア)、すなわち王」が現れると預言しました(ダニエル書9章25節)。そのメシアこそがイエス様です。


イエスご自身も、油注がれた者(キリスト)であることを明らかにされました。イエスが育ったナザレにて、安息日に会堂でイザヤ書を朗読された時、引用された箇所はまさに油注がれた者に関するものでした。


ルカの福音書4章18~21節

「主の御霊がわたしの上におられる。それゆえ、主は貧しい人々に福音を伝えるために、わたしに油を注がれた。…それを聞いた人々に、イエスは言われた、『この聖書の言葉は、今日あなたがたが聞いたときに成就した』」


また、サマリアの「スカル」という町の井戸のそばで出会った女性との会話の中で、サマリアの女が「メシア(すなわちキリスト)と呼ばれる方が来られることを知っています。彼が来れば、すべてのことを私たちに知らせてくださるでしょう」と言ったとき、イエスは「あなたと話しているこのわたしが、その者です」と言われました。これは、イエスが預言者たちが語り、ユダヤ人たちが待ち望んでいたメシアであることを明言された瞬間です。


イエスのご誕生の数十年前からローマによって圧迫され、重税に苦しめられていたユダヤ人たちが待ち望んでいたメシアとは、ローマの支配から解放し、税の負担を軽くしてくれる政治的なメシアでした。そのような思想の影響は、イエスに従っていた弟子たちの中にもあったようです。


イエスが復活された日、エマオへ向かう途中の2人の弟子は、復活されたイエスに別の姿で出会った際、「私たちはこの方こそイスラエルを贖う方だと望んでいました…」(ルカ24章21節)と語り、またイエスの昇天の際にも「主よ、今こそイスラエルの国を回復される時なのですか」(使徒1章6節)と尋ねました。


使徒たちは最初、イエスを政治的解放者としてのキリストだと理解していましたが、後に、罪の奴隷となっていた霊的なイスラエルの民を解放するために来られたキリストであることを悟りました。そしてキリストは、人の姿を取って地上に来られた神ご自身であることを理解しました。


使徒トマスは、イエスが復活された日にその場にいなかったため、復活を信じられずにいましたが、数日後に現れたイエスを見て「わが主、わが神よ」(ヨハネ20章28節)と信仰を告白しました。使徒ヨハネも、イエスについて「この方はまことの神であり、永遠のいのちです」(ヨハネ第一5章20節)と述べています。


ある人はイエスをただの人間として、またある人は預言者として、ある人は神のしもべとして、またある人は神の御子として知っていました。しかし、キリストを完全に悟った者たちは、イエスこそ人の姿を取って来られた神であると語りました。


使徒パウロも、コロサイの信徒への手紙の中で、見えるものも見えないものもすべて創造された方がイエスであると教えました(コロサイ1章13~18節)。


神がこの地に来られる時、人と同じように肉体を取って来られたことによって、真に神を信じる者とそうでない者とを区別されました。「その名を信じる者には、神の子どもとなる権利が与えられた。それは血によらず、肉の欲によらず、人の意思によらず、ただ神から生まれた者である」(ヨハネ1章12~13節)。これはキリストの神性を悟ったヨハネの信仰です。


キリストの中には、知恵と知識のすべての宝が隠されています。彼を受け入れる者は、永遠に渇くことがなく、永遠の命の泉を見出す者です。


「わたしが与える水を飲む者は、決して渇くことがない。その人のうちで、その水は永遠の命に至る泉となる」(ヨハネ4章14節)と語られたそのキリストが、終わりの日にもまた叫ばれます。


ヨハネの黙示録22章17節

霊”と花嫁とが言う。「来てください。」これを聞く者も言うがよい、「来てください」と。渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。

御霊と花嫁を知り、受け入れることが、永遠の命への第一歩です。



https://youtu.be/4m5M8K6acb0?si=EIAd0bjSs3CRC1RI








24/06/2025

イエス様と使徒たちが守った過越祭

イエス様と使徒たちが守った過越祭

イエス様の模範に倣い、使徒たちも守った過越祭

ある人は、「十字架事件以後、過越祭が廃止された」と主張しています。それについて、十字架事件後の使徒たちの行跡を見てみましょう。

コリントの信徒への手紙一 5章7~8節 古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。だから、・・・過越祭を祝おうではありませんか

この手紙はA.D.55~57年ごろに記録されたものです。イエス様が十字架で犠牲になられた後も、使徒たちは過越祭を守り続けていました。パウロはこの手紙で、「過越祭の小羊としてキリストが十字架で犠牲になられたから、過越祭を守らなくてもよい」のではなく、むしろ「犠牲になられたから」過越祭を守らなければならないと教えています。

https://japanwmscog.org/







https://www.youtube.com/playlist?list=PLSk7TEnRCxgBr9FuAJLNk3tYWj_mm_Oig


23/06/2025

ニケア会議と過越祭



 教会史および世界史において大きな画期となったニケア公会議(西暦325年)は、当時として史上初の世界的会議でした。この会議の主な議題の一つは、過越祭(ペサハを廃し、復活祭(イースターを守るということでした。

聖書における復活祭(Resurrection Day)は、無酵母のパンの祭り(種なしパンの祭り)の後に来る最初の安息日、つまり日曜日に当たります。イエス様は過越祭に最後の晩餐をされ、翌日の種なしパンの祭りに十字架にかかって亡くなり、安息日の翌日=日曜日に復活されました。

レビ記23章には過越祭と種なしパンの祭りについて記されており、続いて初穂の祭り(新約における復活祭)について記述されています。初穂の祭り(初実節)は、種なしパンの祭りを過ぎた後の安息日翌日(日曜日)に、その年の最初の収穫物(穀物の束)を刈り取り、祭司が神に捧げた祭りでした。

神に初穂の供え物をささげるまで、新しい穀物を食べてはならず、それを捧げた後で初めて新穀を食べることが許されました。旧約のすべての祭りは、新約時代においてイエス様のご行いによって成就されました。イエス様は過越の聖餐をされた翌日、すなわち無酵母のパンの祭りの日に十字架で苦しみ、亡くなられました。

そして安息日の翌日(日曜日)に復活されました。これは旧約の初穂の祭りの成就でした(マタ28:1/マル16:1/ルカ24:1/ヨハ20:1)。イエス様は死者の中から最初に復活され、「復活の初穂」となられ、そして彼によって、それ以前に亡くなった聖徒たちも復活することが可能となりました(マタ27:50、コリントⅠ15:20)。ゆえに、新約における復活祭は旧約の初穂の祭りの実体であり、その日は過越祭と種なしパンの祭りの後の最初の安息日翌日(日曜日)でした。

初代教会はキリストの教えに従い、ニサン月14日の夜に過越祭を守り、15日には種なしパンの祭りと断食を行い、さらに無酵母の祭り後の安息日翌日(日曜日)に復活祭を祝いました(使徒20:6–7参照)。

しかしながら、早くからローマ教会は「過越祭の翌日曜日に聖餐式を行うべき」だと主張しており、これが東西教会の溝の原因となりました。過越祭と断食の種なしパンの祭りを守る教会がローマへ巡礼に行った際、そこで断食と聖餐が同時に行われている光景を見て非常に驚いたと言われます。

ローマ教会では2世紀中頃から過越祭を守らず復活祭のみを守る慣習が始まっていました。

155年頃、スミルナ司教ポリュカルポスはローマ司教アニケトゥスと過越祭の問題を討議しました。ポリュカルポスは「自分はイエスの弟子ヨハネ、他の多くの使徒たちと共に毎年過越祭を守ってきた」と主張し、それがイエスの時代から続いてきた伝統であると強調しました。しかし結論は合意に至りませんでした。ポリュカルポスは使徒時代から信仰を持ち続け、長寿でしたが、高齢になって殉教しました。

197年頃になり、ローマ司教ヴィクトルは「ドミニカル・ルール」(Dominical Rule)を提唱し、「過越祭を守らず復活祭のみを守れ」と各教会に強い圧力をかけました。西方教会はこれに従いましたが、アジアの教会(初期キリスト教で基盤を築いた教会群)は強く反発しました。

エフェソ司教ポリクラテスは書簡で、自分はヨハネやピリポら使徒たちの伝統を継承する者であり、正しい規則を知っているため、過越祭を守るべきだと主張しました。

こうしてサタンは生命の律法である過越祭を破壊しようと攻撃を続け、ついにはローマ皇帝の権力を借りて真理を廃止させました。それがコンスタンティヌス皇帝が主宰したニケア公会議でした。325年5~6月、皇帝自身が議長となった同会議では、過越祭の廃止、復活祭の復興、そして復活祭の日付を「春分後の満月の後の最初の主日」と定められました。

しかし過越祭と種なしパンの祭りが廃止された結果、聖書通りの復活祭を守ることが困難になりました。またこの会議では、「イエスは神ではなく被造物である」と主張したアリウス派の追放や、教会の組織制度整備なども決議されました。

こうして2世紀中頃から続いた過越祭に関する論争は、「彼はまた時と律法を変えようとする」というダニエル書の預言を成就し、ついに4世紀に終結しました。

ニケア会議は数多くの教訓を私たちに残しました。コンスタンティヌス帝の関与によってローマ教会の権威は確立され、皇帝は教会に強大な影響力を得ました。以後、皇帝の後ろ盾を得たローマ教会の独断を止めうるものはなくなり、すべての教会はローマ教会に服従しなければならず、さもなければ異端とされ迫害を受ける時代が始まりました。神の言葉どおりに生きようとする信徒たちは砂漠や山や洞窟に逃れ、密かに過越祭を守るしかありませんでした。


『教会史初代編』(283頁)に次のように記されています:

「コンスタンティヌス大帝の力によって教会に平和がもたらされた後、教会の水準が急激に下降したことを嘆き、荒野で禁欲的生活を送る者が多く現れた」

サタンはニケア会議を通じて一時的な勝利を収め、「この角が聖徒と戦って勝った」(ダニエル7:21)という御言葉を成就させました。しかし、悪魔とその勢力にこそ警戒すべきです。「昔からそこにあった方が来られ、とても高き方の聖徒たちのために清めをし、時が来たときに聖徒たちは国を得た」(ダニエル7:22)という御言葉があるからです。

生命の真理は、昔からおられる方がシオンに臨まれたことで回復され、時と律法を取り戻した信徒たちは、その真理を通して永遠の命を得て、永遠の御国に入るでしょう。

神の真理である過越祭が廃され、異邦の祭りであるイースターとキリスト教復活祭が混淆された新たな復活祭(春分後の満月の後の日曜日)が定められたため、この問題は“復活祭論争”と呼ばれています。かつて東方教会は1月14日に復活祭を守っていたとされていますが、それはあくまで彼らの視点による記述でしかありません。

現在伝わる教会史は、神の律法を守る真の教会ではなく、律法を改変した不法者たちが自身の視点で記したものです。したがって、私たちが教会史を読むときには、そのような背景を認識して吟味する必要があります。

ありのままに記録された教会史として現存するものは、聖書以外にありません。真理は絶対に聖書に基づいています。神様の教会世界伝道協会が守る過越祭、無酵母のパンの祭り、復活祭など、すべての真理は、イエス様と使徒たちによって記録された完全な教会史である聖書に由来しています。

18/06/2025

曜日制度の起源と安息日


 今日、日曜日、月曜日、火曜日…土曜日と区別される曜日制度は、いつ、どこから始まったのだろうか?一週間を7日間に分けて生活する起源は聖書にある。天地万物を6日間で創造し、7日目に休まれたという創世記の記述がその起源である。

紀元前7世紀ごろ、メソポタミア地域の人々は、毎月の7日、14日、21日、28日に休む「週7日制度」を実施していた。現在のように「日曜日」「月曜日」といった曜日名がつけられるようになったきっかけは、ローマ皇帝コンスタンティヌスの命令によるものである。彼は、数百年前にローマのシーザーが制定したユリウス暦を補完し、7日を基本とする週制度の概念を導入した。そして太陽神の日(Sunday)を週の最初の日と定め、休日とした。

コンスタンティヌス皇帝は、キリスト教の「週7日制度」とローマの七惑星神の名前を組み合わせて曜日名を決めた。七惑星神とは「土星の神、木星の神、火星の神、太陽の神、金星の神、水星の神、月の神」などで、これは7つの惑星が地球を巡って時間を司ると信じられていた占星術師たちの思想に由来する。当時はまだ地動説が登場していなかったため、占星術師たちは天動説の思想に基づいてすべてを説明するしかなかった。彼らは、地球から最も遠いところにあると考えられていた土星から、木星、火星、太陽、金星、水星、そして最も近い月まで、7つの星の神が時間を支配していると信じていた。

また、彼らは一日を24時間に分け、それぞれの時間を各星の神々が司っていると考え、占いにも用いた。「土星の日」の最初の1時間は土星の神が支配し、次の時間は順に木星、火星、太陽、金星、水星、月の神が支配し、8時間目には再び土星の神が支配すると考えた。


このようにして、「土星の日」の24時間がすべて経過すると、次の日の最初の時間は順番に太陽の神が支配し…最後の時間は水星の神が支配する、と考えられていた。

各日の最初の時間を支配する神の名前を曜日名とし、「月の神が支配する日」「火星の神が支配する日」「水星の神が支配する日」…「金星の神が支配する日」と呼ばれるようになった。彼らが定めた順番でいえば、「水星の神の日」の次は「木星の神の日」、その次は「金星の神の日」となり、7つの星の神が交代で各日を順番に支配するものと信じられていた。このような古代占星術師の思想はローマの占星術師たちにも引き継がれ、ローマ皇帝コンスタンティヌスが曜日制度を制定するのに大きな影響を与えた。

コンスタンティヌスは、ユダヤ暦に基づくキリスト教の「週7日制度」をローマ暦に取り入れ、キリスト教の第一日をローマ人の太陽神の日(Sunday、日曜日)と呼ぶようにし、その日を休日とする法令を公布した(西暦321年3月7日)。これにより、太陽神を崇拝するミトラ教徒たちにも配慮した。そして順番に、第二日を月曜日、第三日を火曜日、第四日を水曜日、第五日を木曜日、第六日を金曜日、第七日を土曜日と呼ぶようにしたのである。

まとめると、太陽神の日である日曜日を一週間の初日とした「七曜日制度」は、ローマ皇帝コンスタンティヌスがキリスト教の「週7日制度」を基本骨格とし、各日にローマの七惑星神の名前を付けて、日曜日、月曜日、火曜日…土曜日と呼ぶようにしたことに由来する。つまり、一週の最初の日を日曜日とし、第七日を土曜日としたのである。

今日でも多くの人が、神が天地万物を6日間で創造し、第7日に休まれたという事実を知っている。しかし、一週間の中で休む日が日曜日であるため、日曜日が第7日だと誤解している人が意外に多い。しかし、先に見たように、日曜日は一週間の最初の日であり、第七日は土曜日である。

曜日制度の起源を説明する理由は、曜日制度そのものが重要だからではない。神が「聖なるものとして守れ」と命じられた第七日安息日が、現在の曜日制度の中でどの曜日に該当するのかを正しく知り、「安息日を覚えて聖とせよ」という目的を果たすためである。神が6日間で天地万物を創造され、休まれたその第七日は、現在の曜日でいうと土曜日である。ゆえに、安息日は土曜日である。



21/05/2025

2019 青年·学生·幼少年教師教育


11月27日、「2019青年・学生・幼少年教師教育」が沃川GO&COME研修院で開かれた。これからの未来を担う世代を、信仰と愛で養成する教師の能力強化のために定期的に開かれるこの教育には、青年・学生・幼少年担当教師や牧会者4000人余りが参加した。

第一部の礼拝で母は「幼いころから、神様の御心を学びながら育った青年たちが、正しい信仰と善い行いによって世の中のリーダーとなり、全世界に神様の栄光を現している。皆さんが彼らの心の中に、神様の教訓を植えつけてくれた結果」と、教師たちの労苦をねぎらわれた。また「教育には苦痛と忍耐が伴うが、その分大きな報いと、たくさんの天の賞となって戻ってくるはず」と慰労され、幼い子どもを可愛がられたキリストのように、幼少年と青年・学生に愛情をかけてケアし、立派な人材となるよう丁寧に育成してほしいと頼まれた(二テモ3:15-17、マタ18:2-5、ガラ6:7-8)。

総会長の金湊哲牧師は、「幼少期から青年期までの学びが、人格形成に大きな影響を及ぼす。無限の潜在能力を持った幼い魂を正しく指導してこそ、明るい未来が開かれる」と、教師の使命を悟らせ、一年間人知れぬ苦労を重ね、教育に勤しんできた教師たちに、感謝の気持ちを伝えた。

第二部の教育は、青年・学生教師と幼少年教師とに分かれて行われた。青年・学生教師教育の主題は「感情コーチング」だった。教師たちは状況シミュレーションを通して、自分の指導方法をチェックし、感情を共感するための正しい対話法と、青年・学生の問題解決能力を育てるコーチング法を身につけた。幼少年教師らは性格のベースとなる「気質」の特性を理解し、気質の類型に従って行う幼少年教育法を学んだ。また、幼少年教育の模範事例映像を視聴し、教師と教師、教師と幼少年、教師と父兄間の意思の疎通の重要性を確認した。

教育後、教師たちは新しく習得した教育法を、現場で直ちに適用させることに集中した。小学校低学年担当のソン・ミンギョン教師(韓国/高陽)は、「私の子どもたちへの近づき方や、コミュニケーションのやり方が正しいのか、とても悩んでいた。今日はちょうどその部分が、スッキリ解決できた。『(子供が)どうしてあんなふうに振舞うのかな?』という疑問も、ああ、だからそうだったんだと理解でき、これからどう接していけばいいのか分かった。教会のみならず家庭でも子供を理解してあげられる母親になりたい」と話していた。

青年・学生教師たちは「新しい姿で新年を迎えよう」と、志を一つにした。青年担当のチャン・ヘジョン教師(韓国/仁川)は、「青年たちとコミュニケーションを取ろうとしても、とても難しかった。表面的に見える行いばかりに目が行き、彼らの感情まで理解するに至っていなかったためだ。これからは青年たちの内面(感情)に目を向け、『母』のように共感してあげたい」と覚悟を固めていた。

15/04/2025

青年準備生の集い

『そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来くる。』(マタ24:14)

福音の宣べ伝えられる範囲は、すべての民族、全世界である。その預言どおり、2千年前、使徒パウロは、イスラエルを越えて小アジア、ヨーロッパまで出て行き、福音を伝えて教会を建設した。今は初代教会より熱く、驚くべき御業で福音が世界中に伝えられていく聖霊時代である。福音の歴史が頂点に達した今、預言は有終の美を飾る朝露の青年たちを待っている。

11月17日、2020年に二十歳を迎え、新しく青年に仲間入りする家族たちを歓迎する「青年準備生の集い」が沃川Go&Come研修院で開かれた。高校卒業予定者と牧会者及び青年・学生指導教師4500人余りが参加し、青年としての大きなビジョンと世界福音に対するビジョンを立てた。

行事の前、屋外にはアツアツのおやつがふんだんに用意された。大学入学試験と就職準備で気をもんでいた青年準備生たちは、これまでの憂いを忘れて、しとしと降る雨も何のその、おやつをおいしそうに食べながら、明るく笑っていた。研修院本館2階には、青年プログラム展示館も設けられ、青年準備生たちが大勢足を運んだ。神様の教会は正しい信仰と人格を養った青年たちを、世界的な人材として養成するために、大学生聖書教育プログラムIUBA、社会人聖書教育プログラムIWBA、軍人聖書教育プログラムIMBAを運営している。IUBA、IWBA、IMBAで活動中の先輩の青年たちは、パネル展示、体験ブース、Q&Aゾーンなどを企画して、将来について心配する青年準備生たちに、様々な情報を提供した。

正午頃、1部記念礼拝が始まった。天の母は、頑張って勉強して苦労しながらも、信仰を守るために努力した高校3年生と、学生たちが霊肉ともに正しい青年として成長できるように、愛の込もった教訓で指導してきた牧会者及び指導教師たちを激励なさった。また、「きれいな花のつぼみが、美しい花として咲いた」と言われ、学生から大人になった青年準備生たちを喜んで迎えてくださり、誰よりも青年・学生たちを大切になさった天の父の教えを伝えてくださった。父は、青年時代から信仰を抱いて神様に絶対的に従ったヨセフ、ダニエルと三人の友だち、ダビデの行跡を通じて「誰でも成功の秘訣は、青年・学生の頃から始まる」と言われ、青年たちに「信仰」と「実践」を強調された。天の母も青年準備生たちが、ダビデの勇気、ダニエルと三人の友だちのような信仰の意志、ヨセフの忠実な信仰を抱いて、世界福音を完成する主役になるように祝福してくださった。

2部の特別講義は、総会長金湊哲牧師が「青年よ、大きな夢を抱け」という、青年準備生の集いのスローガンに合わせて行った。そこで、金湊哲牧師は「家、学校、塾が全てだった生活範囲から抜け出し、社会という舞台に進出する青年準備生が、視野と思考の幅を広げ、大きな世界に目を向ける世界的市民になることを願う」と言い、「チャンスが特に多い青年の時期、世界を一つにまとめる大きな人物になるという『活然の気(物事にとらわれ
ない、大らかな心持ち)』で、短い青春と人生を有意義に過ごすように」と述べた。

3部では、学生と青年の中間で悩み多き後輩たちのために、先輩である大学生、社会人、軍人の青年たちがひと肌脱いだ。青年たちはIUBA、IWBA、IMBAの活動をニュース、コントなどの形式で楽しく紹介して、ためになる情報はもちろん、愉快な笑いをプレゼントした。青年準備生たちは、それぞれ自分のいる場所で信仰を守り、善い行いによって社会と世界各国から拍手を受けている先輩たちの活躍に歓声をあげた。

大学合格発表を待っているというパク・ミジョン(韓国ソウル)さんは、「青年になって、わくわくする気持ちより、恐れが大きかったが、大学にも職場にも頼もしい信仰の先輩たちがいるので、恐れがすっかりなくなった。私も大学でボランティアなど、多くの活動をしたい」と語った。パク・ジョンホ(韓国蔚山)さんは「全世界の神様の教会の青年がIUBA、IWBA、IMBAの一員として活動し、神様の愛を伝えているのを見て驚いた。私もそんな素敵な青年の一員になれると思うと、とてもわくわくする。青年たちが築いてきた広い道を、喜んで付いていきたい」と思いを述べた。

最後に、青年準備生の代表が決議文を朗読した。青年準備生から「準備」が整った青年に生まれ変わり、大学、職場、軍隊で神様の栄光を現し、韓国を越え全世界に進み出て、福音完成の大きな夢を成し遂げるという力強い叫びだった。天の母は、「頑張って、先輩たちの例に倣い、神様の栄光を大いに現わす大きな働き手になりなさい」と青年準備生たちに、再び祝福を祈ってくださった。

新たな世界への恐れ、漠然とした期待感だけ持っていた青年準備生たちは、確固たる決意で目を輝かせた。キム・ミギョン(韓国清州)さんは「青年になるのは、単純な年齢の変化ではなく、狭い世界からより広い世界に進み行く一つのチャンスだということが分かった。大学生になったら、全世界に神様の御言葉を伝える預言の主人公になろうと思う」と覚悟を語った。キム・ジンソク(韓国大邱)さんも『私は青年としてうまくやれるか?』という悩
みが、今日、天の母から応援していただいて、すべてできるという期待に変わった。漠然とした夢も、具体的な計画を立て、実践に移したい」と思いを明らかにした。

つぼみがパッと開いた。未来へ、世界へと行く道もパッと開いた。今、大きな夢を抱いて、広い世界へと足を踏み出す朝露の青年たちが、福音の舞台を縦横無尽に駆け巡りながら放つ香りに期待が高まる。

五旬祭の聖霊の祝福

五旬祭の聖霊の祝福  オリーブ山で復活されたイエス様は、40日間弟子たちに神様の国について教えられた後、昇天されました。そして約束どおり、五旬節(ペンテコステ)の日に聖霊を注いでくださいました。五旬節とは、復活祭から数えて50日目に守られる神様の祭りであり、旧約時代には初穂祭から...